無電解ニッケルメッキとは?特徴や種類/硬度/メリット、デメリットなど
本記事では無電解ニッケルメッキについて詳しく解説していきます。無電解ニッケルメッキは基本的にSUS材に近い色合いになります。膜厚が均一、且つ皮膜硬度が高い特徴があります。無電解ニッケルメッキの記号や英語の読み方なども解説するので参考にしてください。
目次
無電解ニッケルメッキとは?
科学的な還元効果によりメッキを行う方法が無電解ニッケルメッキです。ニッケルメッキを行う方法は、この「科学的な還元を利用するもの」と「水溶液中に電気を通電し、電子の還元作用を利用するもの」に分かれます。今回は化学的還元作用を用いて、素材にニッケルの皮膜を形成させる無電解ニッケルメッキという表面処理について詳しく解説していきます。
無電解ニッケルメッキの特徴
通常、無電解ニッケルメッキはシルバーのような色合いで光沢が少なくSUS材に近い色をしています。黒色無電解ニッケルメッキという手法も存在し、この手法を用いた場合はメッキ表面を黒色とし、漆黒の色に変化させる場合もあります。しかし、基本的には光沢のないSUSに近い色をしています。例外として黒色のものもある事を知っておくと良いでしょう。では、無電解ニッケルメッキの大きな特徴として「耐食性」「耐摩耗性」「膜厚精度」の3つが挙げられます。それぞれ順番に解説していきます。
無電解ニッケルメッキの耐食性
メッキ加工における耐食性で大切なのは、腐食因子を素材に到達させない、という事とニッケルメッキ自体が酸や有機溶剤などで腐食・溶解しない耐薬品性が大切になってきます。ニッケルメッキそのものは比較的耐薬品性能は高く、一般的には耐薬品性に優れる位置づけになります。
しかし、万能ではありません。塩酸、リン酸、硫黄などに対しては弱く耐性を発揮する事は出来ません。これはニッケルそのものの性質なので特性を理解したうえで使用するしかありません。
前者の腐食因子を素材に到達させないために大切なのは、メッキの緻密さです。簡単に言えばメッキ皮膜に抜け道が無いように完璧なバリヤーの役割をメッキで行う必要があるわけです。そのためにはメッキが緻密であり、メッキ処理に発生しがちなピンホールの発生を極力少なくすることが大切です。これを実現させる事において、ニッケルメッキでは電解ニッケルメッキよりも無電解ニッケルメッキの方が優れています。
無電解ニッケルメッキの耐摩耗性
ニッケルメッキそのものの皮膜硬度が高いため、耐摩耗性に優れています。無電解ニッケルメッキでは膜厚の調整も容易であり、複雑な形状であっても膜厚を均一にメッキ皮膜を形成する事ができます。皮膜硬度を高めて、摩擦による耐久性を向上させたい場合は膜厚を厚くメッキする事で解消されます。無電解ニッケルメッキにおけるこれらの特徴が耐摩耗性向上に繋がっています。
無電解ニッケルメッキの膜厚精度
上記で少し触れた内容となりますが、無電解ニッケルメッキでは素材の形状が複雑であったとしても均一にメッキ皮膜を形成する事ができます。
電解ニッケルメッキでは素材の形状によりメッキの膜厚にバラつきが生じやすいです。電気の力を利用しているため、特性上仕方のない事ではあります。一方無電解ニッケルメッキでは化学的還元作用によりニッケルメッキ皮膜を形成します。そのため、たとえ複雑な形状であっても均一にメッキを行う事が可能です。
しかし、必ずメッキ皮膜が均一になるのか、と言えばそうではありません。メッキ液の循環不足により液中の分析濃度のバラつきがメッキ皮膜の厚みのバラつきに影響してくる場合も十分に考えられます。そういった対策をしっかり行っておけば、全体として膜厚が均一なニッケルメッキ処理を行いやすいのは無電解ニッケルメッキの方だという事ができます。
無電解ニッケルメッキの記号や英語
無電解ニッケルメッキを表すJIS記号や英語表記について簡単に解説しておきます。
無電解ニッケルメッキのJIS記号
無電解ニッケルメッキを鉄素地に膜厚3μmでメッキ処理を行う場合のJIS記号は「ELp-Fe/Ni(90)-P3」といった具合に記号で表記されます。
それぞれの記号の意味は以下の通りです。
- ELp…無電解メッキを表す記号。電気メッキを表す記号は「EP」となります。
- Fe…素地の種類を表す記号。「Fe」は鉄を表す記号ですね。
- Ni…メッキの種類を表す記号です。「Ni」はニッケルを表します。
- (90)…メッキの組成を表す記号です。(90)であればニッケル90%を表します。
- P…こちらもメッキの組成を表します。「P」はリンを表す記号です。
- 3…メッキの最小膜厚を表す記号です。3であれば3μmを表します。
無電解ニッケルメッキを表す記号はこのような意味を持っています。記号の読み方をざっくりと知っておくだけでも、記号から多くの情報を読み取る事ができますね。
無電解ニッケルメッキの英語表記
無電解ニッケルメッキを英語で表すと「electroless nickel plating」となります。「electroless」は無電解系の処理を表す英語です。同じ意味合いですが、科学メッキという観点から英語に直すと「chemical」と頭に付く場合もあります。
「nickel」は言うまでもなくニッケルの英語表記ですね。最後の「plating」はメッキを表す英語となります。英語表記なんて読めなくてもいいよ、という方もいるかもしれませんが、英語で書く事はできなくても意味が分かるだけでも違うと思いますよ。特別難しい英語ではないので割と覚えやすいと思います。実際の現場でも英語表記されていたりすることもあるので、普段からメッキに携わる方は英語を覚えておいて役に立つ場面があると思います。
無電解ニッケルメッキの硬度
無電解ニッケルメッキの大きな特徴で解説したように、無電解ニッケルメッキの皮膜硬度は高く優れています。実際に数字を用いて解説していきますね。
まずは、メッキ皮膜の硬度を表す場合はおもに「ビッカース硬度(HV)」で表します。数値が高いほどメッキ皮膜の硬度が硬い事を意味します。無電解ニッケルメッキの皮膜硬度はHV550~700もあります。ちなみに、これは最大ではありません。適切に熱処理を行う事で最大皮膜硬度HV950程度まで得る事ができます。
この数字だけ見ても、いまいち凄いのか凄くないのかわかりませんよね。そこで数字を比較してみましょう。
金属素材である純鉄はHV110です。純鉄と比べると無電解ニッケルメッキの皮膜硬度がかなり高い事がわかります。金属素材の中でも硬度の高い素材として有名な「SKH56」と呼ばれる高速度工具鋼(粉末ハイス)の硬度はHV722です。無電解ニッケルメッキの最大皮膜硬度はHV950なので、一般的に硬度が高い金属素材よりも表面硬度が優れています。
電解ニッケルメッキとの違い
無電解ニッケルメッキと電解ニッケルメッキの大きな違いは、メッキを行う方法が違うという事と、それに伴ってメッキ皮膜の成分に違いが生じる事が挙げられます。
メッキを行う方法の違いに関しては、本記事でも解説したので割愛します。ただ、メッキ方法の違いによりニッケルメッキの組成が変化する事は理解しておかなければなりません。
まず、無電解ニッケルメッキはニッケル90%前後に対しリンが10%程度含まれている合金メッキとなります。一方、電解ニッケルメッキではニッケル99.8%という純度の高いニッケルメッキを行う事ができます。純度の高いニッケルメッキと合金ニッケルメッキでは当然パフォーマンスは違います。無電解ニッケルメッキの方が耐久性や耐摩耗性に優れているため、機能面を重視した場合は無電解ニッケルメッキの方が優れているという事ができるでしょう。
無電解ニッケルメッキの用途
無電解ニッケルメッキは、通電しない素材にもメッキ処理を行う事ができます。そのため工業用製品をはじめとした幅広い分野で利用されている表面処理です。例えば、ハードディスクの下地処理や電子部品、工業用バルブなど実に様々です。この無電解ニッケルメッキではセラミック粒子やフッ素樹脂などを添加し、複合メッキ処理を行う事でさらに特性を付与して使用する事ができる点も活躍の幅が広い理由の一つとなります。
無電解ニッケルメッキのメリット
ここまで無電解ニッケルメッキについて色々と解説してきましたが、結局のところ何がメリットとなるのか、以下の内容で解説していきます。
- 通電しない素材でもメッキ可能
- メッキ膜厚が均一
- ピンホールが比較的少ない
- 合金メッキとなるため特殊な特性が得られる
①通電しない素材でもメッキ可能
無電解ニッケルメッキは化学的還元作用によりメッキを行う方法なので、通電しない素材であってもメッキを施す事が可能となります。そのため、メッキを行う直接的な外部電源は必要ありません。メッキ液の循環を行うなど間接的な電源はもちろん必要となります。
②メッキ膜厚が均一
無電解ニッケルメッキでは複雑な形状であっても、メッキ膜厚を均一に形成していく事が可能です。電解ニッケルメッキの場合、素材の形状により電流分布に偏りが生じる事があります。電流分布に偏りが発生するとメッキ膜厚にバラつきが生じる事になります。無電解ニッケルメッキの場合はそもそも電気を使わないので電流分布を気にする必要性も生まれません。ただし、メッキ層内の濃度にバラつきがあればメッキ膜厚に影響が出る事になるでしょう。メッキ液の管理には注意が必要となります。
③ピンホールが比較的少ない
無電解ニッケルメッキの皮膜は層状になっています。何度も上から皮膜を重ねるようにメッキされていくため、電解ニッケルメッキと比較した場合、腐食の原因となるピンホールが発生する頻度はかなり少なくなります。
④合金メッキとなるため特殊な特性が得られる
無電解ニッケルメッキでは、ニッケルにリンを添加した合金メッキとなります。リンが含まれていることでニッケルメッキの特性が向上します。さらに、セラミック粒子やフッ素樹脂などを添加し、複合メッキ処理を行う事で特殊な特性を付与する事も可能になります。
無電解ニッケルメッキのデメリット
無電解ニッケルメッキのメリットに引き続きデメリットを解説していきます。内容は以下の通りです。
- 管理がやや難しい
- 熱に弱い素材は注意が必要
- 加工コストが高い
- 使用する度に老化液が発生する
①管理がやや難しい
電解ニッケルメッキに比べてメッキ液の管理が難しいです。メッキ液中の成分の変動が大きいため、一定の品質でメッキ加工を行い続ける難易度は上がります。同じメッキ層の中でも科学成分のバラつきが生じる場合もあり、メッキ膜厚のバラつきの原因となる場合もあるので注意が必要です。
②熱に弱い素材は注意が必要
無電解ニッケルメッキを行うメッキ浴の温度は約90℃前後となります。通電しない素材にもメッキを行う事ができる無電解ニッケルメッキという方法ですが、熱に弱い素材にメッキ加工を行う際には注意する必要があります。
③加工コストが高い
無電解ニッケルメッキは比較的材料のコストが高くなりがちです。材料費に加え、メッキ加工そのものに時間が掛かるため加工コストも高くなります。これは電解ニッケルメッキと比較するとメッキを析出する速度が遅いためです。機能面ではメリットが豊富な無電解ニッケルメッキですが、コスト面では電解ニッケルメッキに劣ります。
④使用する度に老化液が発生する
無電解ニッケルメッキはメッキを行う過程で亜リン酸が発生し、蓄積されていきます。この亜リン酸が蓄積するとメッキ速度が遅くなる原因となります。浴中の亜リン酸の割合が多くなるとやがて使用する事のできない廃液となるので注意が必要です。
無電解ニッケルメッキの種類
無電解ニッケルメッキはリン含有率により以下3つに分類する事ができます。
- 低リンタイプ
- 中リンタイプ
- 高リンタイプ
リン含有率の違いによりメッキ皮膜の性質は異なります。使用用途に応じて適切なタイプを選択する事が大切です。
低リンタイプは特殊素材への密着性が良い事で知られています。ただし、メッキ浴の管理は難しく、管理が難しい事からメジャーなニッケルメッキとは言えないでしょう。
中リンタイプは一般的に良く使用されているタイプの無電解ニッケルメッキの種類です。ニッケルメッキの耐蝕性、防食性をしっかりと発揮する事ができます。汎用性の高いバランスの取れた種類となります。
高リンタイプは非磁性を維持しやすい、耐酸性に優れる。といった特徴があります。主にハードディスクの下地や抵抗体に使用されています。ただしメッキ析出の速度は比較的遅いです。
まとめ
今回は「無電解ニッケルメッキとは?特徴や種類/硬度/メリット、デメリットなど」といった内容で解説させて頂きました。
「無電解ニッケルメッキってそもそもどんな方法?」「無電解ニッケルメッキにはどんなメリット・デメリットがあるのかな。」このような疑問は解決できたのではないでしょうか。
無電解ニッケルメッキは電解ニッケルメッキに比べ各種機能性に優れていることは本記事でわかって頂けたと思います。ただし、メッキ浴の管理が難しい事や、メッキ析出に時間が掛かるなど、コスト面では劣る事を説明しました。
無電解ニッケルメッキではリンが含まれた合金メッキとなるのですが、そのリンの含有率により3つの種類に分けることができます。それぞれ特性に違いがあるため、使用用途に合わせて適切なメッキ方法を選ぶことが大切です。
その他の無電解ニッケルメッキの種類としては黒色無電解ニッケルメッキというものもあります。出来上がったメッキ皮膜に対し溶解や酸化させる事で表面が黒色になります。ニッケルメッキはSUSに近いシルバーのような色をしていると思いがちですが、黒色のニッケルメッキも存在する事も知っておきましょう。